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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)150号 判決

1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

2 そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について判断する。

(一) 成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明の要旨(請求の原因2)は、特許請求の範囲記載のとおりであつて、本件発明は、「特に所望の製品を精製あるいは濃縮するための改良法及び装置に関」し、「広い応用力を有する」もの(本件発明の特許公報第一欄第三三行ないし第三六行)であり、「逆浸透の原理を利用し、しかも、容積に対して大きい表面比を有する半透膜基体を用いて、塩水又は海水から真水を回収し、あるいは所望の製品を濃縮すること」(同第二欄第二八行ないし第三二行)を一つの目的とし、これにより、「塩水又は海水から商業的な量の真水を経済的に回収する方法及び装置をつくることができる」(同第三欄第三行ないし第五行)ものであると認められる。

一方、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例は、「新しい拡散セルの設計」と題する技術文献であつて、ガス拡散セルについて、装置の構造、操作、試験及びその結果、装置の評価及び問題点などを図面(別紙図面(二))及び表に基いて開示したものであり、「この装置は、三つの主要部、すなわち、内部通路、通路の周りに巻いた平らなプラスチツク管のフイルム及び他の部品を包囲する外側チエンバーよりなつている」(同第七三九頁左欄下から第一三行ないし第一一行)ものであり、ガスは加圧下に外側チエンバーPに入り、外側シエル(第2図のB)中にガス入口G(第1図)からプラスチツク管(両端を熱封したポリエチレン製の管であつて、内側パイプAのまわりにらせん状に巻かれたもの、第2図のF)よりなるフイルムMを拡散して通過し、プラスチツク管内の多孔性材料(第2図のH)及び孔を通つて流れ、内側パイプAに入り、このようにして装置内を拡散して通過した透過ガスは出口Dから回収され、残溜ガスは出口Nから放出されるものであることが認められる。

(二) 原告は、第一引用例記載の装置は、産業上の利用性を欠く実験器具にすぎないから、この装置を商業的な量の真水を経済的に回収する実用的な装置に用いようと着想すること自体困難であると主張する。

前掲甲第三号証によれば、なるほど、第一引用例記載の装置は、いわゆる実験のための装置であつて、それ自体商業的な量産を目的とするものではないことが認められる。しかしながら、第一引用例記載の装置を逆浸透法により水性溶液から目的物を回収する装置に用いる着想をすることができるか否かは、第一引用例記載の装置に開示された技術的思想を足がかりとして本件発明のような装置を得ることができるか否かによつて判断すべきことであつて、右の装置が産業上利用できるかどうかには直接関係のないことである。

ところで、前掲甲第二号証及び甲第三号証によれば、第一引用例記載の装置は、流体混合物の分離技術におけるらせん状の構成に特徴をもつものであるのに対し、本件発明も水性溶液から目的物を分離する装置におけるらせん状の構成に特徴をもつものであつて、第一引用例記載の扁平プラスチツク管Fは、本件発明の二つの半浸透性膜部18、20を有するらせん状に巻かれた封筒16に相当し、扁平プラスチツク管の内側に巻かれた多孔性紙Hは、多孔性裏張り材料24に相当し、また、プラスチツク管とともに内側パイプに巻かれる多孔性紙Gは多孔性隔離材17に相当するものであり、かつ、第一引用例記載の装置における流体混合物の分離過程は、前述のとおりのものであつて、これは本件発明の要旨における水性供給液の経路と同一であることが認められる。しかも、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、「この装置の操作の成功及び構成の単純さは、プラスチツクフイルムを通じての拡散によるガスの分離のためのユニツトの大規模な操作の可能性を示唆する。標準的なパイプによつてモデルを安くかつ簡単につくることができ、また、特別の特徴を有するように設計しかつ組立てることができる。」(第七四一頁左欄第2表下第二行ないし第六行)と記載されており、産業上の利用の可能性を示唆している。したがつて、この装置を本件発明のような装置に用いようと着想することに格別の困難があるとは認められない。

(三) 原告は、本件発明と第一引用例記載の装置とは技術分野が隔絶しており、しかも、その目的も相違しているから、第一引用例記載の装置から本件発明に想到することは容易でない旨主張する。

まず、原告の主張は、本件発明が水中の食塩のように溶解された固体の水性溶液から真水を分離する技術であることを前提とするものであるが、本件発明は、その要旨からみて、「水性溶液から目的物を逆浸透により回収するための装置」であり、発明の詳細な説明の項にも、前述のとおり、本件発明の目的は、特に所望の製品を精製あるいは濃縮するための改良法及び装置を提供することにあると記載されており、真水の分離技術に限定されるものではないから、その前提においてすでに誤つているといわなければならないが、原告の主張を、第一引用例記載の技術が気体混合物の技術分野のものであり、本件発明が液体混合物の技術分野のものであつて、これらの分野は隔絶しているから技術の転用が困難であるという趣旨に解するとしても、両者は流体混合物の成分を分離する技術としては共通するものがあり、しかも、成立に争いのない乙第一号証(フランス特許第五五五四七一号明細書、大正一三年三月特許局資料館受入)によれば、本件発明の特許出願前に、流体混合物の成分の分離技術においては、同一の濾過透析電解装置を液体又は気体の分離のいずれにも適用できることが開示されていることが認められ、両者間に技術分野の隔絶があるということはできない。

また、原告の主張する目的の相違についても、本件発明の目的物は真水に限定されないこと、供給される混合物が気体であるか液体であるかによつて流体混合物の成分の分離装置における相互の転用に格別の困難を生ずるとはいえないことは前述のとおりである。

原告は、本件発明と第一引用例記載の装置では、不純物除去率に著しい相違があり、第一引用例記載の装置を用いるのでは本件発明の目的を達成しえないと主張するが、原告の右主張は、本件発明を真水を得ることに限定している点で誤りがあり、本件発明において、どの程度の不純物除去により目的を達成しうるかは、供給水性溶液の組成や回収する目的物の用途などにより当然異なるものであるから、単純に目的物が真水である場合との比較をもつて転用困難とすることはできない。

したがつて、審決が本件発明と第一引用例記載の装置とは、混合流体を透過膜を通すことによつて目的成分のみを分離する点で、両者は軌を一にするものであると判断したことに誤りはない。

(四) 原告は、本件発明と第一引用例記載の装置では透過の要因が異なり、したがつて、透過の現象にも大きな差異があると主張する。

しかしながら、前掲甲第二号証、甲第三号証によれば、第一引用例記載の装置においては、ガス混合物を、これを構成する各ガス成分の分離膜に対する透過性の大きさの相違によつて、透過性が大きいガスが富化された目的物を得ているのに対し、本件発明も水性溶液特に食塩水においてその構成成分である食塩と水の透過膜に対する透過性の相違を利用し、透過性の大きい水が富化された目的物を得ており、両者は、被分離混合物をその構成成分の分離膜に対する透過性の大きさの相違を利用して目的物を得るという原理において異ならない。

原告は、この点について、本件発明にあつては、分離されるべき成分(真水)は水分の比較的少ない側(塩分の濃い側)の液体から水分の高濃度側(塩分のほとんどない側)の液体へと流れるから、目的成分の流れの方向はその濃度との関連において第一引用例記載の装置とは正反対であると主張するが、本件発明における目的成分の流れの方向が濃度との関連において第一引用例記載の装置と相違するとしても、そのことが、第一引用例記載の装置を、水性溶液から真水などの目的物を逆浸透法により回収する公知の方法に適用して本件発明を得ることを困難ならしめる根拠となるものと認むべき合理的な理由は存しないから、原告の右主張は理由がない。

(五)(1) 更に、原告は、本件発明の技術課題は濃度分極の現象を解決することにあり、第一引用例記載の装置では、原告主張の<1>ないし<5>の技術課題を解決できず、本件発明に到達できないと主張する。

しかしながら、原告が本件発明によつて解決されたとする<1>ないし<5>の技術課題については、いずれも本件発明の必須の構成要件上、その解決手段に関わる規定がされているとは認めることができない。すなわち、これを必須の構成要件との関係において規定するとすれば、<1>については、供給水性溶液の通過速度、多孔性隔離材の液体通過特性に関する事項、<2>については、多孔性隔離材の強度に関する事項、<3>については、各装置の構成要素の材質、方法、運転条件などの総合的な相関関係、<4>については、必要な浸透圧に耐えるための強度に関する事項、<5>については、全技術的要素とコストとの相関関係などを究明した上で、その技術的要件を充すに足りる規定が必要であるにも拘らず、本件発明の特許請求の範囲には、そのいずれの点もこれに関すると解しうる規定はなく、発明の詳細な説明の項を検討しても、これらの点を限定的に解すべき根拠とするに足りる事項を見出すことができない。

前掲甲第二号証によれば、そもそも本件発明の主たる技術課題は、発明の詳細な説明の項に、「逆浸透の原理を利用し、しかも、容積に対して大きい表面比を有する半透膜基体を用いて」(本件発明の特許公報第二欄第二八行ないし第三〇行)及び「海水を大体らせん状の流路に導入し、生成した真水は同様な流路に沿つて取り出すことができ、これにより海水が薄膜面と接触する流路の長さは増大し基体の分離効率が増す。」(同第五欄第二一行ないし第二五行)と記載されていることから明らかなように、装置の単位容積当りの供給流体が接触する膜の面積を大きくし、これにより処理量当りの装置の容積を少なくすることであり、そのために、特許請求の範囲に規定されたらせん状構造体を採用したものと認められ、一方、前掲甲第三号証によれば、第一引用例記載の装置も、「もしプラスチツク・フイルムを通した拡散によりガスを分離することが広く用いられると、器具の体積に対するフイルムの表面積割合を増すための新しいタイプの器具が開発されなければならない。ある有利な点を有する新しい案がテストされている。この案によつて作られた模型の操作によつて、将来の発展への約束が示されている。」(第七四一頁右欄下から第一〇行ないし第五行)との記載からみて、装置の単位容積当りの供給ガスが接触する膜の表面積を大きくすることを技術課題とするものであつて、この点において、両者の技術課題に差異を見出すことはできない。

原告の主張する濃度分極の現象が本件発明の技術課題の一つであるといつても、そのことは、前述のとおり、本件発明の発明の詳細な説明の項にもその旨記載されておらず、かつ、前掲乙第一号証及び成立に争いのない乙第二号証(コルフ、ワチンガー共著「フアーザー・デベロプメント・オブ・ア・コイル・キドニー」ジヤーナル・オブ・ラボラトリー・アンド・クリニカル・メデイシン第四七巻第六号第九六九頁ないし第九七七頁)によれば、本件発明の特許出願前、液体中の物質を分離するために半透膜をらせん状にした構成体を使用することは技術常識であつて(隔離材との関係は後述のとおりである。)、これらの技術によりすでに解決の方向が与えられた技術課題にすぎないと認められるから、この技術課題の相違をもつて、第一引用例記載の装置から本件発明に想到することが困難であるとすることはできない。

原告は、審決が第一引用例記載のプラスチツク管とともに内側パイプに巻かれる多孔性紙は、本件発明の多孔性隔離材17に相当するとしたのは誤りである旨主張する。

原告の主張は、本件発明では多孔性隔離格子を使用することを前提としている。前掲甲第二号証によれば、本件発明の特許請求の範囲には、「多孔性隔離材は前記の膜封筒の外側近傍にらせん状に巻かれており」とされ、一方、本件発明の発明の詳細な説明の項には、実施例として隔離格子が記載され、多孔性隔離格子なる用語はそのいずれにも記載されていないが、本件発明の明細書には、多孔性隔離材の機能としては、膜封筒間に水の流路を確保し、封筒のらせん状の層の間を隔離して水が薄膜面と接触する流路の長さを増大するスペーサーとしての機能を有すること(同第五欄第一一行ないし第三一行)が記載されているのみで、原告の主張するような乱流促進材としての膜面での濃度分極を防ぐ機能を有することについての記載はなく第一引用例記載の多孔性紙Gも、各フイルム間のスペーサーとしての機能を有することは、原告の認めるところであるから本件発明の多孔性隔離材が第一引用例記載の多孔性紙とは異なつた機能を有することを理由として、審決の判断を誤りとする原告の主張は、理由がない。

(2) 原告は、第一引用例記載の装置における技術課題は、膜を隔てたガス成分に高い濃度差を維持することであるのに対し、本件発明の利用する逆浸透技術においては、透過膜を浸透圧以上の圧力差に維持することが課題とされている点において相違すると主張する。

前掲甲第二号証、甲第三号証によれば、本件発明は、「二つの半浸透性膜部を有し」、「浸透圧よりも大きな圧力でもつて該封筒外側の該隔離材を通つて水性供給液を通過せしめるための手段を有する」ものであるのに対し、第一引用例記載の装置においては、プラスチツク膜を使用した場合における圧力差が気体混合物の分離にどのように作用するかについては特に記載されていないことが認められる。

しかしながら、成立に争いのない甲第四号証によれば、第二引用例には、半多孔質材料の耐圧性ユニツト12の上にキヤスト又は被包された半透膜10を使用して三六八psiaの高圧下に逆浸透法によつて海水その他の溶液から真水などの目的物を回収する技術が開示されていることが認められ、また、成立に争いのない甲第五号証によれば、第三引用例には、ステンレス・スチールのような適当な材料の多孔性プレート24とこの多孔性プレートに脱塩水を伝えるのを容易にするペーパーフイルター22の上に置かれた薄膜20を使用して一五〇〇psig(一五一四・七psia)ないし二〇〇〇psig(二〇一四・七psia)の高圧下に逆浸透法によつて塩分のある溶液から水を分離するための技術が開示されていることが認められるから、適用圧力において液体と気体との場合では差があるとしても、透過膜を用いた分離過程を水性溶液に適用するにあたり、この公知の技術を採用し、透過膜として半透膜を使用し、予想される高圧力に耐えられるような支持部材を使用して、逆浸透法によつて目的物を回収する装置を得ることは、当業者であれば容易に行いうることにすぎないというべきである。しかも、前掲甲第二号証ないし第四号証によれば、本件発明において使用される裏張り材料は、綿、羊毛のフエルト、ナイロン・ポリエステル・レーヨン・レーヨンビスコース・アクリル繊維などの多くの合成繊維、ガラス布、適当な粒度にふるい分けた砂などであり、このうち合成繊維材料は、第二引用例における耐圧性半多孔性ユニツトの材料であるプラスチツク材料に含まれるものであり、また、綿、フエルト、ガラス布は第一引用例における多孔性支持材である綿、布、グラスフアイバーと同一又は同等であるから、本件発明において使用される裏張り材料は、公知の技術に使用されている材料を選択したにすぎず、その点においてもこれらの公知の技術を本件発明として適用することについて格別の困難は存しなかつたというべきである。

(六) 以上のとおりであるから、第一引用例記載の装置は産業上の利用性を欠くものであり、同装置と本件発明とは技術分野、目的、原理、技術課題において隔絶しており、第一引用例記載の装置を本件発明に適用することは容易でないとする原告の主張は、いずれも採用することができない。

したがつて、本件発明は、第一引用例記載の装置を、海水その他の水性溶液から真水などの目的物を逆浸透法により回収する公知の方法に単に適用した程度のものであり、当業者が容易になしえたものとした審決の判断は正当であり、審決には原告の主張するような違法はない。

3 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとする。

〔編註その一〕 本件発明の要旨は左のとおりである。

有孔心をそなえた中央軸のまわりにらせん状に巻かれたところの延びた封筒を有し、ただし該封筒は長いシート状の多孔性裏張り材によつて互いに離され、そのためにそれらの間に通路をもつているところの二つの半浸透性膜部を有するものとし、多孔性隔離材は前記の膜封筒の外側近傍にらせん状に巻かれており、該有孔心は多孔性側壁部を有し、それによつて該封筒通路と該有孔心中央部の間に流体が流れ、かつ、該封筒がらせん状に巻かれている軸と平行の方向に、そして、浸透圧よりも大きな圧力でもつて該封筒外側の該隔離材を通つて水性供給液を通過せしめるための手段を有することを特徴とする、水性溶液から目的物を逆浸透により回収するための装置。

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙

図面(一)

<省略>

図面(二)

<省略>

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